「兄さん、今日は早く帰ってきてくださいね。」

      それはいつもと代わりのない、何気ない朝だった。

      「え、ああ、別に寄り道をする気は無いけど…。なんでまた、唐突に。」
      俺がそう言っても秋葉の視線は依然厳しいままだった。俺にはいったいなんで秋葉の機嫌が斜めなのかまったく分からない。それを見ていた琥珀さんが微笑みながら話しに加わってきた。

      「志貴さん、今日は何の日か覚えてないんですか。」

      「…なんですか。わからないです。なんか今日は記念日かなんかでしたっけ。」

      俺には本当に分からなかった。それを聞いた琥珀さんは、ちょっとだけ怒ったような顔をして、俺にこう告げた。

      「忘れちゃ駄目ですよ〜。今日は志貴さんがお屋敷に戻ってきてちょうど一年目になるんです日なんですから。」


      「First Anniversary」


       「まったく兄さんときたら…。本当に呆れましたわ。」

      一緒に学校に登校していく最中も、秋葉の機嫌は直らなかった。確かに覚えていなかった俺が悪いが、それでも秋葉のお説教には舌を巻くしかない。しかも二言目には、やれ「いつも兄さんはそうです。」やら「私のことを考えもしない。」なんて言葉が続くものだからたまったもんじゃない。俺はいつの間にか完全に愚痴になっている秋葉のお説教を上手く受け流しながら学校に向かった。

       それにしても気が付けば遠野の屋敷に帰って来てから一年。つまりあの事件から一年が既にたとうとしているのだ。未だにあの時の事件は昨日の様にありありと思い出される。それだけ、この一年間という時間が短く感じたという事なのだろうか…。


      「遠野君。一緒にお昼ご飯食べませんか。」

      昼休み。下級生のクラスにあたる俺の教室の椅子の横に、シエル先輩は当然の様に立っていた。そしてその横にはもう一人。オレンジ色に髪を染め上げている、俺のアナーキーな知り合い乾有彦君も立っていた。それは一年前のあの日から普通になった光景だった。

      「すいません、先輩。今日はあんまり食欲が無いんで…。」

      俺は本当にすまなそうにしていった。事実、今日は本当に食欲が無い。別に体調が悪いというわけでもないのだが…。まあ、多分気分の問題だろう。俺は心配そうに語りかける先輩の先手を打って、だいじょうぶですから。と答え、先輩達を学食に向かわせた。本当にたいしたことはないから、シエル先輩たちにいらん心配は懸けたくなかった。もっとも、それでも先輩は心配していたが、カレーパンが売り切れることを告げると、悩んだあげく、有彦と一緒に学食に向かった。

       カレーパンに負けたのはちょっとだけ悔しかった…。

       俺は一人になって、やることもないので、何気なく教室を見回してみる。変わらぬ喧騒。変わらぬ風景。一年前からなんら変わらない場所。街に殺人鬼が現れた時も、そういえばここは何一つ変わらなかった。そう、何一つ…。


        …その光景に、俺はひどく違和感を覚えた…

      「大丈夫ですか。遠野君。」

      気が付いたときには、俺の隣にかシエル先輩が立っていた。

      「すごい汗だぞ遠野。気分悪いんじゃないか。」

      シエル先輩に遅れる形でやってきた有彦が声をかけてきた。俺はその指摘で初めて自分が汗を流している事に気が付いた。まるで悪夢に取り込まれていたかのような汗と悪寒が俺の体全体を覆っていた。

      「そうですね。今日は夏みたいな蒸し暑い天気ですからね。遠野君みたいな人にはきつい陽気かもしれないですね。」

      そういいながらシエル先輩は俺のおでこに手を当ててきた。その手はひんやりとしていて気持ちよかった。そのおかげか、俺の意識は徐々にはっきりとしてきて、しまいにはさっきまで感じていた違和感も綺麗さっぱりなくなっていた。

      「熱はなさそうですね。気分は良くなりましたか、遠野君。」

      「はあ、おかげさまで…。」

      「大丈夫のようですね。遠野君。でも無理しちゃいけませんよ。遠野君は乾君みたいに丈夫じゃないんですから。」

      「先輩、それってどういう意味ですか。」

      「別になんでもないですよ。ただ乾君って殺しても死にそうにないじゃないですか。」

      「先輩それメチャクチャですよ。」

      そんな感じで、話題は何気ない方へと進んでいった。いつもと変わらない風景。そう、いつもと変わらない日常が平穏に流れていく。

       「お話中申し訳ありませんが、いいかげんに兄さんの額から手をお放しになったらどうですか、先輩。兄さんにべたべた触れないでください。」

      …日常はあっけなく崩れ去った。いつの間に俺達の後ろに殺る気満々の秋葉が臨戦状態で立っていた。

      「あら、秋葉さん。私はただ遠野君の様子を見ていただけですよ。そんなこといわれるのは心外です。」

      「兄さんの体はちゃんと私たちが管理していますから、先輩のご心配には及びません。それにそんな汚いで触られたら、兄さんの体調も悪くなる一方ですから。」

      秋葉今にも反転しそうな勢いで先輩をにらみつける。しかし先輩はその睨まれただけで生命を奪われそうな視線を冷静に受け流していく。

      …なんか前にもこんな場面があったような。まさしく竜虎相打つといった感じの…。

      しばらく無言のにらみ合いが続いた。先に降りたのは以外にも秋葉だった。「ふん」と首を横に降り、先輩から目線を逸らした。

      「あなたが何をたくらんでいるのかは知りませんが、これ以上に兄さんに関ると容赦しませんからね。」

      秋葉そういいながらくるりと後ろを向いた。そして

      「今日の約束忘れないでくださいね。兄さん。用件はそれだけですわ。」

      と一言話して教室を出て行った。その瞬間、辺りに張り詰めていた緊張が一気に解けて、教室に再び喧騒が戻ってくる。まったく、こんなのが日常じゃ命がいくつあっても足りないぐらいだ…。


        …キーンコーンカーンコーン…

      授業終了のチャイムと同時に俺は荷物をまとめた。

      「有彦、帰ろうぜ。」

      「おう、今日はずいぶんといそいでんな。なんかあるんか。」

      有彦はそういいながら椅子を離れてこっちにきた。ちなみにいつものことながら、有彦は手ぶらだ。有彦曰く「持ってくるもんなんかないんだから手ぶらなのが普通だろ。」だそうである。

      「ちょっとな。今日は遅くなるといつもにもまして秋葉が怖そうだからさ。それにきっと翡翠が門の前で待ってるだろうから、あんまり遅くなるとな…。」

      そういって俺は有彦が追いつくのを待たずに教室を出て行く。追いかけてくる有彦が「もてもてだな、遠野。」と茶化してきたが、聞こえないふりをしてさっさと歩いていった。

       校門をくぐって外へ出る。流石に速攻で出てきただけあって、辺りにはまだ学生の姿は少ない。だから、そこに立っていた人物にはいやでも気が付いた。もっとも、彼女の場合はどんな人ごみの中でも簡単に見つかるだろうが…。

      「やっほー!!!志貴。」

      その人物は俺に気が付くと、一目散に走り寄ってきた。そして俺の目の前にまで来ると、

      「捕まえた。」

      なんていいながら堂々と抱きついてきた。流石にこれは勘弁してもらいたい。確かにうれしい事はうれしいけど、何しろここは学校の真正面。しかもこれから下校時間で大勢の人が押し寄せる事になる。そんなところで抱き合ってなんかいたらどんな事になるかは目に見えている。

      「やめろよアルクエイド。みんなが見てるだろう。」

      「いいじゃない。私は気にしないよ。」

      「俺が気にするんだって。頼むから離れてくれ。このままじゃ学校でよからぬ噂が流れるだろう。」

      「そんな恥ずかしがらなくてもいいじゃない。私たちの仲じゃない。」

      …まったく埒が明かない。このままだと本当に先生に呼び出しを食らう事になりかねない。一緒にいた有彦も有彦で「熱いねぇ。」とか冷やかすばかりでまったく役に立たない。


       「いいかげんに遠野君から離れたらどうですか、このアーパー吸血鬼。」

      …助かった。俺の後ろから響いてきたのは紛れもないシエル先輩の声。流石のアルクエイドも白昼堂々シエル先輩相手を相手に大立ち回りをすることもないだろう。これなら両者にらみ合ってそのまま平和的に終わってくれるはず…。

       もっとも、そんな甘い考えはシエル先輩の方を振り返った瞬間に打ち消されたが…。

      「なによ、シエル。珍しく今日はやる気じゃない。こんな昼間から第七聖典なんて持ち出してきて。」

      …アルクエイドが言うとおり。シエル先輩は例の法衣を着込み、黒鍵はもちろん必殺の武器「セブントリガー」まで持ち出して来て殺る気まんまんだ…。それに対してアルクエイドもやる気満々で、既に目は金色になっている。なんで今日に限ってこう、みんながみんな殺るき満々なんだろうか。まあ、なんとなく理由は分からなくもないけど…。

      「今日だけはあなたには絶対譲れないんです、この人外生命体。今日は遠野くんと私が出会ってちょうど一年目のアニバーサリーなんです。だから、今日は遠野君と私で美味しいカレーを食べに行って、帰り道ぶらぶらして、うまくいったら私のうちにお持ち帰りなんです。だから、今日は絶対譲れないのです。」

      「あら、シエル。それを言ったら私なんか志貴に殺されてちょうど一年目よ。ちゃんと志貴には一周忌してもらわないと。だから私にだって志貴をつれていく権利があるんじゃないの。」

      一周忌とはまたずいぶんと日本的な言い方を…。それにしてもやっぱりというかなんというか…。みんながみんなそろって一周年記念とは…。そういえば、去年の今頃にちょうど一気に全員と会うことになったわけでからそれもそうか…。

       ともかく、確かに二人が言っている事はどちらも筋が通っている。筋が通っているからなおさら俺は止めに入りづらい。それに大体にして、今日は秋葉と翡翠と琥珀さんとの先約があるからどちらの誘いを受ける事は出来ない。もっとも、そんなこといったら今この場で二人に肉片も残さず消しつくされそうだが…。

      「どうやら、やっぱり力ずくで行くしかなさそうですね。」

      「そんな重装備してよく言うわね。初めからやる気満々だったくせに。いいわ、ちょうど最近体がなまってた所だから、運動がてら付き合ってあげるわよシエル。」

      俺のそんな予定も気にせずに、二人は今にも一触即発のところまで来ていた。このままだと血を見るのは明らかだ。…最悪の事態を避けるために、俺にできる事といえば…。



      「それで、あの二人を連れてきたというわけなんですね、兄さん。」

      場所は変わって遠野家の庭。辺りにはテーブルが用意されていて、豪華な食事と高級な酒が用意されている。ガーデンパーティーの準備が整ったその庭で俺はことの成り行きを秋葉に話している。その後ろでは早くも騒がしく、シエル先輩とアルクエイドが言い合いながら酒を飲んでいる。

       事の顛末は非常に単純だ。一触即発状態のアルクエイドとシエル先輩をなだめるにはどちらの要求を飲むしかなかった。でも、そんなことはもちろん不可能だし、その前に俺には秋葉との約束も会った。そこで、やけくそで一か八か、アルクとシエル先輩を屋敷でのパーティーに誘ったのだ。そうすれば一応全員と一緒に入れることになるわけである。もちろんそんなことが通るとは思わなかった。が、意外にことは簡単に進むことになった。まずアルクエイドが

      「あ、私それでいいな〜。面白そうだし。」

      って言って早々に賛成してくれた。相手のアルクエイドが引いてしまうと、シエル先輩も意地を張るわけにも行かなくなって、少々不満交じりであったが、了承してくれて、何とかその場は上手く治まった訳である。

       ただ、問題は残っていた。それは一番の強敵、我妹遠野秋葉である。んで、今ちょうどその秋葉さんを説得しようとしているわけなんだが…。あいにくというかやっぱりというか、秋葉の表情は非常に重い。というよりは完全に不満が顔をに出ている。眉間には深いしわが刻まれていて、おまけに微妙に額には青筋らしきものも浮かんでいる。完全にご機嫌斜めだ。もっとも、怒るのも無理がないといえば無理もないが…。

      「全く、約束どおりに早く帰ってきてくれたと思ったら、あんな人外な人たちを連れてくるなんて…。ほんと、やっぱり兄さんは私たちのことなんか全く考えてくれないのですね…。」

      その人外の人たちは既に俺達の後ろで出来上がっている。ああ、シエル先輩なんかドンペリをラッパしているし…。確かに、これじゃ秋葉に文句言われてもしょうがないような気もするが…。

      「まあまあ、秋葉さま。いいじゃないですか。お客様が増えたほうがパーティーは盛り上がりますし。それに志貴さんもなかなかお知り合いをお屋敷にお呼びする機会がないのですから、それぐらい多めに見てあげましょうよ。」

      朝と同様、愚痴モード全快の秋葉をなだめてくれたのは琥珀さんだった。こうい時の秋葉のなだめ方は琥珀さん任せるのが一番。策士らしく上手く秋葉を丸め込んでくれる。どうやら今回も上手く丸めこみそうだ。

      「どうせですから秋葉さまのお知り合いもお呼びしましょうよ。そのほうがきっと楽しいですよ〜。」

      「そうは言っても琥珀。あの人たちはとても客人としておもてなしできるような人ではないでしょう。それに、だいたい私の知り合いは全員浅女よ。今更呼ぼうとしてもどうしようもないわ。それに外出許可が出るはずもないでしょう。」

      「それは問題ないですよ〜。こうなる事を予想して、既に手配しておきました。もちろん外出許可もばっちりですよ〜。」

      そういっているもの笑顔を浮かべながら琥珀さんが指した先には見知った顔が何人かいた。

      「わーい。秋葉ちゃんだ〜。今日は招待ありがとう〜。」

      「じゃましてるよ、遠野。」

      「お久しぶりです、遠野先輩。お元気そうで何よりです。」

      「羽居。それに蒼香、瀬尾まで。琥珀。本当につれてきたのですか。」

      「はい〜。こうなる事かと、先日招待状をお出ししておきました。」

      さすが琥珀さんというかなんというか…。先を読む上手さは相変わらず怖いぐらいだ。まあ、でも上手い事秋葉も言いくるめられてくれたので、一件落着といったところだろうか。

      「あ、でもおかしいですね〜。私は羽居さんと月姫さんにしか招待状を送ってないのですが…。」
      …

      「…瀬尾。ちょっと聞きたいのことがあるのですが…。」

      「(ビクッ!!!)あ、あ、あ、あの、遠野先輩。これには深い訳がですね。」

      「ええ、どんなわけかしら、しっかりと聞かせてもらうわよ、瀬尾。」

      「(ビクッビクビクッ!!!)」

      …。新たに問題出現…。まあ、このメンバーだったらなにが起こっても不思議ではないかな…。


      宴はそんなこんなでお酒の力もあって盛り上がった。本当に楽しかった。思えばこんな風に純粋に楽しくすごせるようになったのは、遠野の屋敷に帰って来てからだろう。それは、この一年間で俺がかけがえのない人々を手に入れることが出来たことを表しているのかもしれない。

         …でも、その楽しさの影にあるものも忘れてはいけない…
         …だから、俺は…
         …宴も徐々に下火になってきたのを見計らって、俺は屋敷を抜け出した…

      その空間は相変わらず辺りとは異彩をはなっていた。ビルの谷間にあるちょっとした空き地。一見、変哲もない空き地の様に見えるが、一年たってもそこの場所にこびりついた血の匂いは消える事はない。俺はその空間の中のある場所に立っていた。

        …そこは一年前、俺が初めて人を殺したところだ…

      俺はその場所にそっと庭から調達してきた白い花を添えた。黙って琥珀さんの花壇から抜いてきてしまったが、後で誤れば琥珀さんも許してくれるだろう。満月に照らされたその花は青白く光る。

      「そういえば一年前のあの日も満月だったね。」

      俺は誰にかたりかけるともなく話し始めた。

      「今でも忘れてないよ。全部覚えてる。学校で話しかけてくれたこととか、一緒に話しながら帰ったこととか…。」

         …ポッ  ポッ…

      アスファルトに水滴が落ちる。一瞬雨かと思ったが、満月があんなに綺麗に出ているのに雨なんて降るはずがない。まぎれもなく俺の目から溢れ出てきた雫だった。

      「短すぎたよね。弓塚さんと仲良く話せたのは一日だけだったもんね。せっかく仲良くなれたと思ったんだけどさぁ…。」

      最後のほうは情けない事に言葉にならなかった。あふれ出してくる涙は止まる事はなかった。ただどんどんと溢れ出て出てきた。どんな言葉を言ってもそれは陳腐な嘘にしかならない。俺は彼女を助ける事が出来なかったのだから。そして、彼女を裏切って、今の現実を選んだ。だから、俺には本当は彼女を思ってここに来る様な権利はないのだ。でも…。

      俺はただ、黙って涙を数刻流した後、何も言わずにその場を後にした。まだ、今の俺には彼女に掛ける言葉が見つからなかった。もっとも、これから先も見つかるかどうかは分からないが…。

      裏路地から出てきたところに人影あるのに気が付く。見知った顔。法衣を纏った青い髪の女性。他の誰でもないシエル先輩だった。もっとも、俺は別段そのことに驚く事はなかった。なぜなら、屋敷を出てから俺の後ろをつけてきている気配には気が付いていたからだ。

      「やっぱりここに来たんですね。遠野君。」

      シエル先輩は静かに俺に語りかける。その声はいつもの学校で合うシエル先輩の声ではなく、埋葬機関のシエルという人物の声だった。俺が黙っているとシエル先輩はそのまま続けた。

      「今日のお昼に気が付きましたが、やっぱり遠野君は彼女のことを思い出していたのですね。」

      「…いえ。実際は情けないことに忘れていたんです。最低ですね、俺って。」

      俺は自嘲的に笑う。そう、確かに俺はシエル先輩の暗示にかかり、他のクラスメートと同じように忘れていた。本当に最低なことにだ。

      「でも、完全に記憶から消えていた事はなかったんです。いつもどこかに違和感があった。そんな感じ引っかかっていました。それが、今日はっきりと思い出せたんです。それに、俺が彼女の事を忘れるわけにはいかないですし…。」
      そういって俺はシエル先輩を通り過ぎた。

      「彼女の事は確かに悲劇でした。でも遠野君が必要以上に悩む必要はないと思います。彼女の事は不幸だったとしか思い様がありません。それに、遠野君が彼女を殺さなくても、私が彼女を殺す事になっていたでしょう。だから…。」

      俺の背中に向かってシエル先輩は語りかけてくる。しかし、俺はその言葉を最後まで言わさなかった。

      「そういうわけにはいきませんよ、先輩。俺は彼女を守れなかった。守りたかったのに守れなかった。目のまで彼女が苦しんでいたのにも関らず。」

      俺は感情的にならない様にゆっくりと語った。しかし、そう思いながらもこらえきれずに拳を思いっきり握り締める。そして、感情の波が通り過ぎるのをまってから続ける。

      「それに、俺は彼女を裏切って今の生活を手に入れたんです。今日の宴会。本当に楽しかった。この一年間が自分にとって本当にすばらしいものだったってことを、改めて感じる事が出来ました。でも、この生活は大切な何かと引き換えに手に入れたものなんです。だから、俺はそのかけがいのないものを忘れてはいけないんです。だから俺は弓塚を…。」

        …そのとき、ふわ、っと生暖かに風が吹いた。…
        …その風が吹いた時、俺にふととあるインスピレーションが浮かんできた…

      俺はそこで立ち止まる。そしてメガネをはずしてシエル先輩の方を振り返る。

      「それに…。今更こんなこといっても嘘としか思ってもらえないでしょうけど。」

       俺の視界内にあるものに全て死の線が浮かび上がる。俺の目には存在さえあればどんなものにでも死の線は浮かび上がって見える。それがたとえ神だろうが死神であろうが…。

       俺は一つ大きく息を吸ってから、ゆっくりと言葉を紡いだ。それはとても大事な言葉だから、壊れないように、色あせないように、ゆっくりと大切に…。

      「俺は弓塚さつきが好きだったんです。」

       それは一年前、苦し紛れに彼女に言った言葉。あの時は本当にそうなのか確信はなかった。でも、今ならばはっきりとそういえる。俺は弓塚さつきが好きだった。

      俺はその言葉をシエル先輩が居るほうに向かって言った。もちろん、それはシエル先輩に向かって語りかけたのではない。その後ろの空にフワフワと浮かんでいる今にも消えそうな微かな線の集まりに向かってかたりかけたのだ。もちろんそこには何もない。いや、正確に言えば何か存在はしているが、それが何なのかは俺には見えないし、分からない。ただ俺にはそこに死の線が見えるだけだ。でもなぜか俺にはそこに彼女が来ているように思えた。それが事実かどうかは分からない。それに、そんなことが起こるとはすんなりとは思えない。でも、今日はそんなことがあってもいいような気がしたのだ。

      だって今日はこんなにも月が綺麗に出ているのだから。
      素敵な奇跡が起こってもいいじゃないかって。

      月をバックに浮かぶその消え去りそうな存在。俺にはそこにあの日の彼女の笑顔を見れたような気がした。



      あとがき

      という事で、今回は8/15のさっちんの誕生日にあわせて、こんなSSを書いてみました〜。もともと構想は前から考えて書いてたものを、この日にあわせて急ピッチで仕上げたものです。そのぶんちょっと作りはやっつけです(-_-;)話は全く練ってませんし、展開早いですし、微妙に恥ずかしいです。まあ、ともかく誕生日にup出来たのでよかったですが。もっとも既に日付は8/16ですが…(-_-;)

      まあ、とりあえずそれは置いておいて、今回のSSについて。一応さっちんSSです。出番ないですし、実は志貴っちに見捨てられているし、なんだかなぁ〜。っというお話です(-_-;)でも、一応、志貴っちはさっちんの事を非常に大切な人と捉えているって言う事だけはかけたから(?)いいかな〜って感じですか。まあ、それにさっちんが表に出てくると都古にふっ飛ばされちゃいますし(-_-;)

      ともかく、なんかまとまりがないあとがきですけが、いいたいことは、今回のSSは細かいとこ抜きにしてただ、「さっちんのお墓参りにきた志貴っち」っていうシチュエーションを書いただけなんで、あんまり深く考えないで見てくださいって事ですね。…って超いいかげんですね…(-_-;)ともかく、ちょっとでも楽しんでいただけたら幸いだな〜と思いつつこれでおわります〜。