夢幻幻想Extra / 彼の人への葬送曲

 /1
 誰が、それを思い描いただろう。あの彼が、死ぬなどと。
 誰が、それを思い描いただろう。泣き崩れる強き騎士の姿を。
 誓いはそこに。絆はそこに。想いはそこに。愛はそこに。全てはそこに、確かに存在していた。
 彼女―――衛宮リアは、確かにそれを感じていた。
 彼に、自らの全ての想いが存在していた。自分が失ったもの、自分が隠していたもの、自分が否定していたもの。それら全てを思い出させてくれたのが、既に死人と化した、衛宮切嗣だったと。
 彼は、ある意味では恩人だった。誰にでも平等に優しく、そして誰にでも厳しかった彼。正義の味方になりたかったんだと話す、憂いを帯びたあの瞳。誰よりも他人の幸せを望みながら、その他人を切り捨てた過去を悔やむ彼。自らに罪を背負っているからこそ、彼は誰かに優しくすることが出来たのだろう。
 全く、不器用なものだと、リアは思った。
 剣でしか語る方法を知らなかった彼女に、言葉で語る方法を教えたのは、他ならぬ彼だった。だが、それに気付くことは無く、彼が死した時、それに気付いた。
 何と無様なことか。与えられるだけ与えられ、何一つとして返せなかった彼女は、言い知れぬ後悔だけを背負っていた。
 もう一度切嗣の声が聞きたい。もう一度切嗣の笑顔が見たい。もう一度切嗣の強さを見たい。
 その気持ちを、彼女は愛と呼んだ。
 その気持ちに気付くのに、あまりにも時間がかかった。時間がかかったが故に、彼女はそれを告げる事無く終わる。無様、だと。何たる失態かと、罵る。
 今まで、このようなことは幾多もあった。だが、ここまで後悔するのは、初めてだ。彼女は、自らに人としてのココロを植え付けた、彼を憎んだ。だが、同時に愛してもいる。矛盾。自らの父親は、何とも酷いタイミングで、彼女の前から姿を消したものだと、唇を噛む。
「貴方は、どうしていつも、突然なのか………」
 呟く言葉は、夜の闇に消えていった。

 /2
 切嗣が死んだ。そう、彼女の兄は告げた。だが、それに納得する彼女でもない。
 嘘だと、何度も尋ねる。だが、返答は同じ。だから、気付いた。彼は嘘など言っていないと。
 けれど、だからこそ、辛かった。涙が、次から次へと溢れる。服に、絨毯に、兄の胸に染みていく涙の粒は、悲しみからか。その想いは、誰にもわからない。
 ただ、確かなこと。それは、彼女―――衛宮イリヤが、兄である士郎の胸で泣いている時、呟いた言葉。
 ―――私、独りぼっちになっちゃうのかな……
 その言葉は、兄である士郎の胸に、深く、決して消えること無い傷の如く刻まれた。
 士郎は、リアやイリヤ……きっと、藤村大河やその他大勢の心を掴んだまま逝った彼を憎んだ。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ憎んだ。そして、その後に思った。こんな、哀しい涙は、見たくない。知らないだれかの涙ならば、目の前にいなければ知らない顔を出来る。してはいけないけど、それができる。けれど、身近な―――家族の涙は、いつでも見ることになるんだと。
 ―――大丈夫だよ、イリヤ。俺がついているから。
 イリヤの耳元で囁いた言葉は、士郎の決意として、心に刻まれる。
 そう、衛宮士郎は、この時違う答えを見つけたのかもしれない。他の誰でもない『衛宮士郎』としての解答を。
 だが、同時に捨てられなかった。いくら自らの父の最後の言葉だからといっても、正義の味方になるという夢を捨てられていなかった。
 正義の味方と大切な人の味方。その二つの全く違う理念の中、彼は苦しむ。
 けれど、せめて今だけは、イリヤだけの味方になろうと、士郎はイリヤを優しく―――けれど、強く抱き締めた。

 /3
 心が、折れる。
 自らの目標が、死んだ。死という概念は、生けるもの全てに平等に与えられた権利だ。だが、その権利は、全てを否定するのと同じ事。
 神が、人々に生を謳歌しろというのならば、死という概念は、あまりにも可笑しい概念だ。
 彼―――間桐慎二は、歯を鳴らす。自分に何も出来なかったという後悔。未熟さへ対する怒り。これからに対する不安。全ての想いが巡るに巡り、彼は涙を流すことすら許されなかった。
 自分は、負けては駄目だと。自らに言い聞かせていた。自分は、誰よりも、誰よりも、誰よりも強くなければいけない。
 そう、彼―――間桐慎二は、衛宮切嗣の理想を、その小さな背中に背負っていたのだ。否、背負っていたというのは正しくない。彼は、背負ってしまったのだ。自分の理想の為に、衛宮切嗣のようになりたいという願望故に、彼は正義の味方という、ありもしない妄想にしがみついた。
 まるで、それは呪詛。誰かがそれを始めてしまったが故に、その愚かな存在は、必ず生まれてくる。誰が何を言おうと、誰が何をしようと、その『正義の味方』という存在が、抑止力のように存在するが如く。
 その抑止力に似たその呪いは、既に機能システムとしての要素を持っているだろう。正義の味方が死んだ時、後継者を必ず排出するという命令コマンドを実行する機能システム。呪いは、正しくその要素を含んでいた。
 だが、例えそうだとしても、間桐慎二は、その理想を曲げることは無い。自分の苦しみを誰よりも理解し、自分を、まるで本当の子供のように接してくれた衛宮切嗣に対して、慎二は、感謝以外の感情は無かった。
 そして同時に、彼の弟子であるということは、慎二にとって誇りだった。値段などつけることの出来ぬ宝石。否、宝石の原石か。それが、彼の心なのだと、彼はその意思を示した。
 衛宮切嗣の遺品―――彼が愛用していたブルークロスのジッポを、自らの手に握り、胸に当てた。
 瞬間、そのジッポに篭められた記憶か、慎二の脳を何かが駆け巡った。
 それは、肯定すべきものか。否定すべきものか。理想か、妄想か。或いは、絶望か、痛みか、悲しみか、焦燥か、それは、間桐慎二が捕えた方法によるだろう。
 だが、確かに彼に、正義の味方の記憶が、読み込まリードされた。だが、慎二にその記憶のフィードバックは少ない。否、もとより理解できていないのだろう。
 しかし、確実のその知識、記憶は慎二の中に入り込んでいた。故に、その記憶との邂逅は、そう遠い話しではない。
 キンッという金属音と共に、そのジッポの蓋を開いた。鼻につくオイルの匂いに、切嗣の思い出を思い出す。
 未来という日々が、幸せであらんことを祈りながら、彼は切嗣に一言を告げた。『さようなら、師匠』と。

 /4
 そうして、別離の時が近付いてきた。外国と違い、日本の埋葬の仕方は火葬。骨と灰だけになる故人を、果たして誰が想像できるか。
 だが、姉さんの頼みで、火葬ではなく土葬となった切嗣は、黒い棺へと入れられ、ゆっくりと沈んでいく。
 ゆっくりとした、時間の流れ。悲しみは、長く、あまりにも長く続くという錯覚。その錯覚こそが、辛さなのだろう。
 愉しいことというのは、時間を忘れさせ、辛いことというのは、時間を長く感じさせる。それは、人間の心理。だから、永い。
 誰もが俯き、穴を見つめる。これから、その穴に入った切嗣を、土で埋めていくのだ。それは、未だに彼の死を信じられるものにとっては、生き埋めだと思わせる。
 だが、確かにその生命活動は停止していた。誰が何と言おうと、彼―――衛宮切嗣は死んだのだ。
 涙を流し、その死を嘆く。だが、そんな中で、唯一の息子の瞳には、揺ぎ無い光があった。
 揺ぎ無い意志、或いは決意か。それとも未来を見つめる、鷹の目か。それを知る者は、彼一人。
 完全に土に埋まり、置かれた石。“Kiritugu Emiya 1963 - 1997”と刻まれたそれは、まるで切嗣の最期の意思の如く刻まれていた。
 墓石の前に立ち尽くす士郎は、それを見つめ、何かを言おうとしては口を閉じた。
 それは、どうせ聞えないのだから、言う必要は無いというような、そんな雰囲気。
 どれくらい、そうしていただろうか。ポツリ、ポツリと雨が降り出してきた。雨は、誰かの涙のように、振り続ける。
「―――――っ」
 声が、漏れた。
「もう、大丈夫だと、思ってたんだけどな……」
 出す声は、震え、自分の悲しさを引き立たせるだけ。けれど、それでも言葉を紡ぐしか知らない人形のように、士郎は声を出す。きっと、切嗣に届くだろうと信じて。
「爺さん、酷いよな。何も言わないで逝っちまうなんて、さ………」
 きっと切嗣なら、謝るだろう。謝った後に、けど仕方ないじゃないか、なんていうに決まっている。そう思い、苦笑する。その笑顔が、自棄に歪んでいたなんて、知らないかのように、笑う。
「ありがとう。そして、さようなら、衛宮切嗣。俺は、もう泣かないから……」
 今ぐらい、いいよな? と、墓に尋ね、答えなど無い事を知っているが故に、泣いた。短い嗚咽。その嗚咽に、どのような感情が含まれていることか。涙が雨に流されているのを感じ、雨が降っていて良かったと、本当にそう思っていた。
 雨が、小降りになって来たころ、彼は真っ直ぐ前を見つめた。その瞳には、既に涙の跡すらない。
「じゃ、俺は行くから」
 墓に最期にそう告げ、彼は前へと進んでいった。
 遥か彼方に、希望があると信じて、その歩みは決して止まることがないと信じて、未来へと進んでいく。


>>桐嶋さんのサイト