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 静かな秋の日。
 落ち葉の積もる音が聞こえるような静かな場所、浅上女学院の一画で始まる。








 浅上女学院の校長室で、その部屋の主である校長とこの学園のものではない制服を着込んだ人物が向かい合っている。
 年の頃はこの学園の生徒と同じころ。長く手入れの行き届いた黒髪が腰の辺りまで伸びている。
 その人物の名は浅上藤乃。
 前浅上建設社長の父がブロードブリッジ計画の倒壊と共に精神に異常をきたし、成り行き上形式的な社長となっている少女である。

「どうですか、浅上様。実際に見てみて、我が校の様子はどうでした?」
「ええ、手入れが行き届いてなかなかの物だと思います」
 藤乃は経営者の一人としての意見ではなく、通う学生の立場としての意見を言う。
「なんならこちらに転校しますか?」
 冗談で、もちろん本意ではない。本当にこの学園に通うのだったら、経営者の娘という立場ならば問題はなかったろうが、そのものならばいろいろと面倒なことになる。
「ええ、それもいいかもしれませんね」
 形式的な受け答え。
 今日はいろいろと回ってみたが、正直なところ内情の方はわからない。それこそ通ってみないとわからないだろう。所詮年齢のことがあろうと、結局外見しかわからない。学校とはそういうものだ。
 それに学園としては、必要なのはまさに外見という評判だけだ。実態にあまり意味はない。礼園女学院などはまさにそれの最たる例だ。あれだけのことがあったにも関わらず、今もそこに在る。
「もう大体見て回ったので、そろそろ失礼します」
「そうですか。ではお気をつけて」
 校長に見送られながら、藤乃は立ち上がり礼をして部屋を出た。
 ばたんと藤乃の背で、校長室の重々しい扉が閉まる。
「ふぅ……」
 部屋を出て、藤乃はため息をついた。
 どうにもこの仕事に慣れないらしい。
 

 どくん。


 それは唐突に来た。
 伽藍の堂で鮮花の手伝いをしていたときに経験した混血独特の気配。
 それも今この学園の中で、それも以前感じた混血よりも遥かに強力な異能の気配を感じる。
 藤乃は反射的に千里眼を開放した。
 自分より遥かに年下の相手に敬意を払わねば払わねばならなかった鬱憤をソファーにあたり散らしている校長、古びた誰もいない伽藍とした廊下に、部屋の隅でこそこそと内緒話をする生徒たち。
 脳裏に今自分がいる点を中心に球状に視界が広がり、膨大な情報が脳内に入ってくるがそれらしい影はない。
 数秒間探してみたが見つかりそうにないので取り消した。混血の気配もすでに消えている。
「放っておくべきなんでしょうか……」
 藤乃は小首をかしげて、浅上女学院の天井を眺めた。

 
「どうしたんですか、遠野先輩」
 晶は階段から荷物を持ったまま転落した自分を、ほとんど人とは思えない動きで助けてくれた秋葉を眺めた。
 何かを探すように虚空を見つめている。
「……いえ、たぶん私の気のせいだったみたいだから気にすることないわ」
 そう言った秋葉の目は今だ険しいままだった。






 月姫 学園編 −第二部−
月姫学園編第二部プロローグ/ゆれるロザリオ
原作:横溝 大輔
小説:霧刀 紅夢







  とんとんと寮のドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
 現在この部屋には自分しかいない。本来ならば相部屋なのだが黒桐鮮花の優秀性は広く認められているので、人数の関係上いくつか生まれてしまう一人部屋の一つをあてがわれている。
「失礼します。こんにちは、鮮花」
「ああ、藤乃ね。何か用があるの? とりあえず座って」
「では、お言葉に甘えて」
 この子藤乃は気が弱く線の細い少女で、例え友人であろうともそのお嬢様然とした態度を崩さない、まさにお嬢様学校の生徒の鏡とでも呼べるべき私の友人だ。もっともこれで史上最高クラスの存在不適合者と言うのだから信じられない。
「今日は経営者として浅上女学院の見学に行ってきたんです」
「ああ、ここ礼園女学院の姉妹校ともライバル校とも言える学園ね。ここみたいに寮の火事とか教師の失踪とか殺人とかの悪い噂のない正真正銘綺麗な学校じゃない。それがどうかしたの?」
 もっとも噂は噂ではなく、事実であるということは私と藤乃はすでに知っている。どうやら人の口は止められないものらしい。事実は噂として、少しずつ流れ出していた。
「実はそこで混血の、それも相当強い混血の気配を感じたんです」
「なんですって。あんなのが普通の学校に?」
 あんなのとは、以前橙子氏の仕事で戦う羽目になった化け物のことだ。すでに人のカタチを取っておらず、人を何人も食い殺していたやつだった。結局あの怪物を仕留めたのは藤乃だったが、あとから橙子師に聞いた話だと、大昔に人という種を超えようと望んで超越者との混血を繰り返した人間の末裔だったらしい。
 人を超える人という浅神家の目的の末に生まれた藤乃はアレを滅ぼしたとき、そしてそのことを聞いたとき、一体何を感じたのだろうか。
 結局自分は藤乃にそのことを聞きただせなかった。そのことに触れることは藤乃の傷に塩を塗ることになるかもしれない。ただ、一緒にそのことを橙子師に聞いたときに「そうですか……」と漏らした藤乃の顔がすごく悲しげだったのは覚えている。
「で、藤乃はどうしたいの? ただ私に相談しに来ただけじゃないんでしょう?」
 式と戦ったという夏の一件から一時期ふさぎ込んでいたものの、藤乃は格段に積極的になった。自分の罪を償おうと、いや自分の罪を償う方法を必死で探しているのかもしれない。
「ええ、私と一緒に浅上女学院に乗り込んで欲しいんです。交換学生として」
「なるほどね。それなら何の問題もなく乗り込めるわけか」
 浅上女学院のことはほとんど藤乃の管理になっているらしい。礼園との話を通せば、どうとでもなるそうだ。礼園の方もいろいろと悪い噂が出ているので、それを払拭するために、純正のお嬢様学校と交流を持って、そんなことはないと証明したいだろう。それに学園長は橙子師と関係があり、伽藍の堂は浅上建設とつながりもある。
 藤乃が行くことは企画段階で自分が参加することを入れておけばいい。私も学園からの評価には自信がある。それを口実にすれば問題はない。
「だったらいろいろと下準備しないといけないわね。最近、橙子師に探知・記録系の魔術を習ったから実験にはちょうどいいわ。
 ところで、藤乃は教師か生徒にその混血がいるのを発見したとしてどうしたいの?」
「とりあえず話がしたいです。あとのことはよくわかりません。でも、もし悲劇を生み出すような存在なら――――――」
 藤乃は俯いていた頭をおこした。その首にかけているロザリオが揺れる。
「私がそれを阻止します」




「なんですって? 環、そんな話は聞いてないわよ」
「運が悪いとしか言いようがないわね。でも秋葉が交換学生になっていることは別に不思議じゃないけどね。なんでも前生徒会委員からの強い推薦があったらしいけど」
 前生徒会は反改革派と言ってもよい。秋葉たちの一派とは完全に対立していて、そして次の生徒会選挙がもうすぐである。
 今度突如行われることになった礼園女学院との交換学生というイベントは、どうやら向こうから相当優秀な生徒が来るらしく、こちらもと優秀な生徒を送ることになっていたらしい。
 どうやらこれを利用して、前生徒会は秋葉がいないうちにことを進めるつもりらしい。
「くっ……」
 だんっと秋葉はコブシを壁に叩きつけた。
「でも安心して。前生徒会のやつらが推してるやつも私が推薦しといたから。あちらさんも何もできないわ」
「ありがと。幾分かマシね」
「そうよ。交換期間も一週間だし、気にすることないって」
「ええ、帰ってきてからがんばることにするわ。下準備も済ませとかないといけないしね。
 ちょっと頭に血が昇ったから外の風に当たってくる」
「いってらっしゃい。もう門限すぎてるから警備員に見つからないようにね」
「そんなへまはしないわ」
 そう言って、玄関を出て夜の闇を出て行く秋葉。
 夏の残り香の蒸し暑い空気が頬をなでていく。
 ふと秋葉は歩いていて、違和感を感じた。しばらく歩くとその違和感は抜ける。
 疑問に思って、後戻りしてみるとさっき違和感を感じなくなった地点から今度は違和感を感じ初めて、そして最初とは逆に終わった。
 そのあたりをぐるぐると歩いて見て、ある地点を中心に円状にその空間が広がっているのがわかった。
 ここまでくれば秋葉にだって、これが何なのかぐらいわかる。
 これは結界だ。だが結界が結界であることを気づかせるようであるならば、これを作った魔術師はまだ未熟者なのだろう。いや結界を苦手とする魔術師である可能性も捨てきれないので対決する場合は油断は禁物だ。
 周囲を回って円の中心を見つけて近寄ると、地面に杭のような物が打ち込まれていて、その周囲には何か文字が刻まれた石らしきものが置かれていた。秋葉は無言でそれらを檻髪でこの世から消滅させる。
「私が通う学園で、こんなことをするなんて一体どこの誰の仕業なのかしら。気味が悪いわね」
 足元にはクレーター状に削り取られた地面。秋葉は赤く染まった髪をたなびかせながら呟いた。



「と、そういうわけです、兄さん。後は任せました」
「何がそういうわけなんだよ。まったく話が見えないぞ」
 久しぶりに帰省(?)した有間志貴は秋葉の話を聞きながら、首をかしげた。
 学園内に魔術師がいて、何かしようとしている。それは緊急事態だろう。なんせ魔術師という人種の恐ろしさは身に染みて知っている。
 彼らは彼らの常識の中で目的のために行動する。他の被害や犠牲や命の価値など欠片ほども感じず、害意も何もなく自分の好きなように立ち回り、障害には容赦しない彼らだ。何かの実験が浅上女学院で行われているとしたら、それがもたらす被害には皆目検討がつかない。
「学園という密室に脅威が潜んでるかもしれない。そしてそれに対抗できうる可能性を持つ私が一週間ほど留守にする。これの危険性が兄さんにはわかるでしょう?」
「それはわかるけど、だからどうしろというんだよ」
「だから代わりに学園を守れってことだろ? 実にわかりやすいことじゃないか」
 ふらりとドアを開ける音と共に、現れた四季。どうやら奥の部屋にいたらしい。
「四季、だからってそこは女子校だぞ。下手に入ったら犯罪じゃないか」
「ふっ、その辺は抜かりはないさ。なぁ、秋葉」
「ええ、四季お兄様」
 遠野人外兄妹の晴れやかで、清々しい笑みが己に向けられ、志貴は心のそこから恐怖を感じた。
 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。七夜の業ではなく、本能と今までの経験が危険を告げる。
 だいたい『四季お兄様』だ。秋葉は普段四季のことを、そのまま四季と呼んでいる。こんな風に呼ぶのは二人が何かを画策しているときか、非常に機嫌がいいときに限られる。今回はその両方の場合が当てはまるようだ。
 これに琥珀さんの『何か企んでる笑顔』があれば、さらに自体は悪化……。
「琥珀」
 志貴がそんなことを考えていると、四季がぱちんと指を鳴らした。
 それに応じて、さっき四季が出てきたドアが開かれ、『何かを企んでいる笑顔』を振りまく琥珀が現れた。志貴は理由もなく絶望した気分になる。
「あ、ああ、あ――――」
「はい、志貴様、ちょっとこちらへ来てくださいねー」
 薬を打ち込まれたかのように意味のないことをつぶやく志貴をひっぱって、琥珀は居間の外へと姿を消した。


 そして、数分後。鬱状態になって、琥珀に連れられながら志貴は居間へと姿を表した。
「勘弁してくれよ……」
 その姿は秋葉の着ているものを同じ、もっともサイズは特注だが浅上女学院の制服である。
 その制服を身に着け、金色の長髪のかつらをかぶった志貴は世にも情けない表情を浮かべていた。ちなみに両目には青のカラーコンタクトレンズを入れていて、首には男性の特徴である喉仏を隠すためにチョーカーが巻かれている。女装する上での最大の障壁である声という問題を解決するため、かつらとコンタクトとにより外国人という設定を生み出し、男の体型を誤魔化す方向で行くらしい。はっきり言って無茶苦茶である。
 その無茶苦茶な格好を見て、遠野兄妹は期待通りの物が見れたと感嘆の声を上げた。
「ほぉ、なかなか似合ってるじゃないか。いい女だぜ、志貴ちゃん」
 明らかにからかい調子ではやす超絶シスコン四季と、
「……本当によく似合ってます。美しいですよ、兄さん」
 光悦とした表情で眺めて、本心からうっとりとつぶやく秋葉。
「この変態兄妹」
 ぼそりと志貴がやりきれないようにつぶやく。
「あれ、志貴さん何かいいました?」
「いえ何も言ってないです、琥珀さん。つーかさ、これを考えたお前ら正気か?」
「「もちろん」」
 二人とも大真面目に肯定して、琥珀はただにこにこと微笑んでいる。
 正直、志貴は彼らのはもう駄目だと思った。
「まぁ、いい。さっき琥珀さんに聞いたんだけど、四季、お前もいくんだろう?
 だったらお前も着てみせろよ」
「いや、俺は着ないぞ。教師枠が取れたから教員でいくからな」
「なんだって! そんなの不公平だろ。代われ」
「はん、お前には俺の溢れ出るダンディーさ、渋さがわからないのか。男でばれない女装ができるやつなんてそうはいない。できるやつがやるべきだ」
「ええ、そこまでの女装ができる人はそうそうはいませんよ」
 志貴を四季が来ると言って説得した張本人である琥珀さんまでもが同調する。
「そんなこと言って。だいたい女装するまでもなく、弓塚さんがいけばいいじゃないか」
「弓塚さんはだめですよ。今回することは察知ですから、四季さまと志貴さまがもっとも適任です」
「そんなこと言ってもなぁ……」
 ちらっと自分の服装を眺める志貴。
「大丈夫ですよ、志貴さん。最初は恥ずかしいかもしれませんが、いずれ快感に変わりますから」
「それはそれでいやです。そうなりたくないんでもう帰りますね」
 そう言って立ち去ろうとする志貴の背をむんずと秋葉が捕らえた。
「どこへ行くんですか、兄さん」
「どこって有間の家に……」
「だめです。浅上女学院の生徒としておかしくないようにいろいろと作法を教えるので、マスターするまでは帰しませんよ。まずは女言葉を使えるようになってもらいます」
 志貴には仁王立ちした秋葉が、このとき阿修羅に見えたという。
 彼はこの日の晩地獄を見たらしい。


 それから数日後――――。
 
 学校の時間割で言えば、放課後と呼ばれる時間に浅上女学院の校門の前に複数の人影があった。
 秋葉、四季、志貴、琥珀の四人である。
 最終打ち合わせ、もとい引越しの準備。浅上女学院は全寮制の学校なので、転校するとなれば最低でも前日には寮に引っ越していなければならないのである。
 ただそれだけのことのはずなのに、秋葉は非常にお冠だった。それに反して四季はニヤニヤと笑い、志貴は困惑していた。
「……で、これはどういうことかしら、琥珀」
 そして秋葉の業火のような視線の先にいるのはいつもと変わらず、あはーと笑っている浅上女学院の制服に身を包んだ琥珀がいる。
「いえ、単純に直前になってもう一つ生徒枠が取れたんでしかたなく私が来ただけですよ。志貴さんのお化粧直しも誰かがしなければいけませんし」 
「突然のことだというのに、どうして制服やら何やらの用意が済んでいたのかしらね」
 平然と答える琥珀に、秋葉はこめかみをぴくぴくさせながら的確におかしなところを指摘する。
「前から学校というものに興味があったんで、志貴さんの制服を頼んだときに一緒に趣味で注文したんですよ。いろいろ使い道がありそうですから、私志貴さんの学校の制服も持ってますし。これを期にコレクションしようかと」
 おいおい何に使うつもりだったんだそれは、と志貴は思ったが口には出さなかった。
「ふざけないでちょうだい。そんな理由で、屋敷の仕事に休暇を出して、あまつさえ兄さんと同じ部屋で過ごすことを私が見逃すと思っているの?」
 そう、四季がニヤニヤ笑い、志貴が困惑し、秋葉が激昂しているのはこれが原因だった。
 浅上女学院はさっきも言ったように全寮制である。ゆえに女子寮に志貴は泊まることになるのだが、秋葉はその辺はきちんと考えていて、唯一存在した空き部屋に志貴が行くように仕向けていた。
 空いている部屋は一つしかなくてそれには志貴が入り、そして浅上の寮は基本的に相部屋である。そういう状態で、琥珀という乱入者が出たらどうなるか。つまり志貴と琥珀が同じ部屋という状況が新たに生み出されるわけである。もちろん、それを秋葉が許すわけがない。
「まぁ、いいじゃないか、秋葉。隣に人もいるわけだし、心配することは何もないさ」
 ただ状況をおもしろがっているだけの四季はなだめるように肩に手を置いた。コンマ一秒後には秋葉自身によって振りほどかれるわけだが、この男は秋葉が自分に照れているだけだと気にも留めない。
「絶対なんてものはこの世には存在しません。ならば不確定要素でも、芽のうちに摘み取っておくには越したことはありません」
 四季の言葉に、秋葉は姿勢を揺らぎもしない。
 兄妹で言い合っている二人を眺めながら、志貴はちらっと琥珀の方を見ると、彼女は笑顔の中にも少し寂しそうな表情を浮かべていた。
 その表情を見て志貴は遠野家のせいで彼女が学校というものに通ったことがなく、そしてどれだけ憧れているのかを垣間見た気がした。ここにきて志貴は、琥珀の援護をしようと決心する。
「秋葉」
「なんですか、兄さん」
 今までどっちつかずでおそらく無関心に違いないと思い込んでいた志貴から、突然しかも真剣な声で話しかけられて秋葉は振り向く。
「ちょっと、ごめん」
 自分の口を秋葉の耳元に寄せて、他の人には聞こえないようにして(もしかしたら四季の聴覚だったら聞こえるかもしれないが)言う。
「大丈夫だって、秋葉。俺は何もしないからさ、琥珀さんの浅女通い、許してやってくれないか。琥珀さんは学校に行きたくても行けなかったから、ただ純粋に学校に来たいだけなんだよ」
 ぼそぼそと耳元で、呟かれる言葉に秋葉は思わず、OKを出しそうになってしまいそうなのをぐっと堪えた。確かに志貴の主張することは一理ある。彼女が世間一般の教育を受けれなかったのは自分の一族に原因があるわけだし、彼女を止める権利を本来は行使すべきではない。そんなことはわかっている。
 しかしこのお人よしは持ち前の鈍さで琥珀のことを侮っている。そんなシュチェーションで琥珀が何もアクションを起こさないわけではないではないか。
 しかしこの場は立場が悪い。このまま反対しても押し切られてしまうであろうことは目に見えている。
「わかりました。兄さんのことを信用しますからね」
 ならばと、秋葉はここで信用して引き下がって、そういう印象を志貴に残しておいたほうが有効だと考えてみた。どれだけ効力を発揮するかわからないが、志貴に対してはいくらか効果はあるだろう。
「ありがとう、秋葉」
 まるで自分のことのように喜ぶ志貴を見ながら、秋葉はじろっと琥珀を見た。
「後でどうしているか見に戻ってきますからね、琥珀」
「ええ、お待ちしております、秋葉様」
 皮肉の応酬。その後は無言。
「おーい、さっさと荷物運ぼうぜ」
「そうだぞ、二人とも」
 二人の間に流れる不穏当な空気を蹴散らそうと、四季がまず声をかけそれに志貴が便乗した。
 琥珀と秋葉はお互い緊迫感そのままに荷物の整理に取り掛かる。
「なぁ、どうして俺は話さなくていいなら連日女言葉の練習なんてしてたんだ?」
 その様子を見ながら、志貴は聞かずにはいられなかった疑問を四季にたずねた。
 この浅上潜入のことが決まった日から志貴は他の三人から、女言葉(しかも外人であるがゆえにカタコト)を使う訓練を強制的にさせられていたのだ。それがさっき、さすがにそれは声質でばれる可能性があるということで無言でいくことになったのだ。ちなみに攻略の設定は、喉に障害がある外国人であるらしい。
「そんなの決まっているだろう?」
 四季は何を今更と言った様子で、心底どうしようもない馬鹿を見る目で志貴を見た。
「おもしろいからに決まっている」
 志貴はとりあえず殴っといた。


 ほぼ同時刻、鮮花と藤乃は浅上女学院の寮へ至る道にいた。
 足元にはクレーターのような穴が開いていた。
「で、これが話していた探知機の成れの果てですね。記録は回収できそうですか、鮮花」
「無理よ。見事に仕掛けすべてが消滅しているわ。一体どうしたらこんなことが出来るだろう」
「私が感じたとおりに能力者は相当強力ってことがわかっただけでも収穫ですよ。気は落とさず、注意していきましょう」
「そうね。考えるのもほどほどにして寮に手荷物を運びましょうか」
「そうですね。この後もいろいろとしなければいけないことがありますし、交換学生もいろいろと大変です」
 そんなことを話しながら歩いていると、後ろから走ってくる足音が聞こえた。ここは危険という話をしていたばかりなので、二人同時に振り返った。
 振り返ったそこにいたのは、先ほどまで志貴たちと一緒にいた秋葉である。
「こんにちは、もしかして礼園の人?」
 立ち止まって、挨拶をしてから秋葉は社交辞令の笑みを浮かべた。こういうことに関しては、鮮花、藤乃の両名も負けてはいない。同じように微笑んで挨拶をした。
「そうです。私が黒桐鮮花。こっちが浅上藤乃」
「私は遠野秋葉。浅上って苗字でここに来るのも何かの縁ですね」
「ええ、まったくです。ちなみに秋葉さんは何をしているんですか? もう礼園の寮に行ったものと思ってましたけど」
 経営者の一人で、自らこのことを企画したことは感嘆に漏らすべきではないだろう。異変は鮮花の結界が破られたことから気づかれているであろうし。
「外国人の知人がこっちに転校するんです。だからせめてその下準備ぐらいはしてあげようと思いまして、今も寮の手続きで奔走してたところです。ところで浅上に来るのは三人ではありませんでした? 確か両儀さん」
「もう一人は病気でキャンセルしました。元気になったら来るかもしれません」
 それに答えたのは鮮花だった。もちろんそれは嘘である。いよいよ持って話がやばい方向に進みそうだったらと、一応式の名前も交換学生のところに入れておいたのだ。おそらく使うことはないジョーカーになるであろうが。
「そうなんですか。お大事にと伝えておいてください。では、この交換学生が終わるころにまた会いましょう。
 では、鮮花さん、藤乃さん、ごきげんよう」
 鮮花と藤乃もごきげんようと答えて、その場ですれ違った。
 お互いに別の場所へと向かっていく。




『この交換学生が終わるころにまた会いましょう』

 秋葉のその言葉が強烈な皮肉となることをまだお互いに知らない。
 混血と魔術師と存在不適合者が入り混じる物語の幕は静かに上がった。
 

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