秋空に哀しみを謳えば
 連日の残暑が嘘のように私たちが住むこの遠野の屋敷にも、例年に比して遅すぎた秋がようやく訪れていた。
 まるで先日の嵐が連れてきたかとも思える唐突な秋の深まりにこの私―――遠野槙久は腑甲斐ないことに風邪をひいてしまったていた。
 軽い自戒と苦い自嘲。
 遠野の当主たる者もっとしっかりしていなくては・・・・・・
「四季は?」
 ソファーに腰掛けたまま、執事にそう訊ねる。
もはや還暦も過ぎ、頭にも白い物が多くなってきた彼は、ゆっくりと慇懃に応えた。
「奥方様と一緒に、お眠りになっていらっしゃるかと存じます」
「そうか・・・」
 たった一言のそっけない返答。
 言ってから少し無愛想だったかとほぞを噛む。
 彼もこの家に仕えて長い、私の父の代から彼は遠野の屋敷を任されているというのに・・・
―――やはり、風邪のせいだろうか
「すまない、少し……出てくる」
 しばし考えてから執事にそう言って立ち上がった。
 普段しない謝辞など、相手を困惑させるだけだろうから。
「はい、お体にお気をつけ下さいませ」
 執事は深々と礼をしてから、ふと何かに気付いたのだろう。
 少々お待ち下さいと私に言い置いて、スタスタと部屋を出ていってしまった。
「なんだ?―――いったい」
 だが、別に待たされることは特に不快とも思わない。
 ただ窓の外を眺めながら、カチカチと云う神経質な時計の音を聞いていた。
 外は寂しげな秋の庭。
 そうか―――そういえば今日は・・・
「お待たせいたしました」
 唐突に思考を断ちきったのは、執事の声。
 先代から仕えてくれている老執事の手には、一着の革のコートが握られている。
「旦那様はお風邪を召していらっしゃいますので、お体を冷やさぬようにとこれを……」
 執事から受け取ったその黒い革のコートは、今まで私が見た覚えのない物だった。
 ただかなり年期の入った代物ではあるが、一目で相当に良い品であることは分かる。
 革はいい具合になじんでいて、闇色の黒色がしっくりと落ち着いた風合いを醸し出していた。
 よほど長い間使い続けなければ、こうはならない。
 私などよりよほど長い間、このコートは時の流れに身を浸してきたのであろう。
「これは?」
「はい、先代様の物でして……」
「親父―――の?」
「はい、早くに亡くなられた先代様が気に入られていましたので、そのまま虫に喰わせるのも惜しく、私がしばしば磨かせて頂いておりました」
「そうか」
 ふと感慨に耽る。
 しばしの間だけ過ぎた昔の事を想い、そうして執事にぼそりと呟くようにこう言った。
「ありがとう・・・」
「いえいえ、旦那様に努めるのが私の仕事ですので」
 にこにこと微笑む執事の顔は、酷く懐かしげだった。
―――私にとっては良い親とは言えなかったが、彼には幸せな時代だったのであろう。 
 執事に軽く手を振って、私は玄関を後にした。









 夏の残り香を含んだ湿り気を帯びた空が、寂しげに落ち葉舞い散る風に放逐されていく。
 刻は既に夕暮れ、斜陽の放つ儚げな朱色が酷く美しい。
 辺りには色づき始めた紅葉が、既に命を終えた銀杏が、世界を彩っている。
 黄昏と紅葉とで染め上げられた揺藍の庭。
 耳を打つ、風のそよぎと虫の声。
 ゆっくりと歩いていく。
 目を瞑り、手をポケットに突っ込んでただ静かに。
 秋の暮れに思いを馳せ、過ぎた昔日を懐古する。
本当にあの頃と何も変わってない、何も変わるはずはない。
―――遠野の屋敷とはそう言うところだ。
 丘の上に立つ、深い森に囲まれた異界。
 異類の血を継ぐ者達が住む、古びた屋敷。
 此処は血塗られている。
 かつてより多くの先達が血に狂い。自ら、あるいはその当時の当主の手によってこの森で命を終えたことであろう。
 まるでその血を滋養として育ったかのような、血のように朱い紅葉がこの森には咲き乱れていた。
 いつもの私なら、笑みでもひとつ零してやれたかも知れない。
 秋の深まりを思って、素直に自然の美しさを受け止めることも出来ただろう。
 だが酷く感傷的になった今の私には、どうしても寂しさともの悲しさしか感じることは出来なかった。
 大きな嘆息を一つ。
 いつもより少し厚着をして夕焼けに紅に染まった庭を歩く、さくさくと舞落ちた落ち葉を踏みながら、物思いに耽る。
―――陰鬱な物思いに気分は晴れない。
 今、私を苦しめているのは、私の妻に宿った新しい命の名前。
 いや、ひょっとしたら生まれないかも知れない。
 どなるかもわからない・・・命の名前。
 もともと病弱な彼女に出た、ひどい妊娠中毒。
 それは彼女から命をごっそりと奪い取っていく。
―――四季の時には、少しつわりがあっただけでこんな事はなかったのに・・・
 彼女は堕ろそうか、という私の提案にもがんとして首を縦に振らなかった。
 そうなってしまえば、私にはもうどうすることもできない。
 ただ、彼女の身を案ずることしかできない。
 ―――しかしもし無理に産もうとすればひょっとしたら彼女は・・・
 そこまで考えて、らしくもない感傷にふと足を止めた。
 元々、私達は愛のある結婚ではなかったはずだ。
 親が決めた勝手な許嫁だったはずだ。
 それなのに、何時からだろう。
 彼女のことがこんなにも愛しいと思えるようになったのは。
 自分の側にずっと、寄り添っていて欲しいと思うようになったのは。
 死んで欲しくないと、祈りにも似た想いと持つようになったのは。
「くそっ・・・」
焦燥だけが胸を焦がす、何もできない歯がゆくて仕方がない。
―――そう、私に出来ることなどたかが知れているのだ。
 いつの間にか辺りに夕焼けは薄く、紫色の空に夜の帳が下りようとしている。
「もう・・・こんな時間」
一人で呟いて、そのまま続けた。
―――自分の言葉が、まるで言い訳のよう。
「まだ夕食までは間があるな・・・」
 もう少し時間をつぶそうか、と考えてから唐突に思い立った。
「風邪をこじらせては彼女に怒られてしまうな」
 そう呟いて、私はのろのろと歩き出す。
 近くに和風の離れがある。
 少しくらい暖まっていこうと思った。
 使用人達に熱いお茶を淹れてもらっても良い。
 ここしばらく、日本茶なぞ飲んでいなかったのだから。
 そんな物思いを胸に宿して、秋の葉を踏みながら、ゆっくりと歩いていく。
 さくさくと音を立てて足音が鳴り、虫たちは密やかに求愛の羽音を奏でる。
 ときおり吹く強い秋風は、私のコートを揺らす。
 風邪のせいかこんな厚いコートを着ているのに酷く寒い。
 急に冷え込んだ秋は、まるで凍てついた冬のよう。
全てが眠りにつき、終わりが白の中に息づく季節。
 私にとって、死を連想させる季節。
―――嫌な考えが頭を離れない、彼女の苦しそうな顔が脳裏に焼き付いて・・・
 空気は澄んでいて、見渡す空は欠片の雲さえ見当たらない。
 その中で、清浄で澄んだ空気の下で、ふとあの続きを思い出した。
秋の香深い空に在る、淡く儚い月の白。

「ああ・・・そうだった」。


―――そういえば今日は。


―――なんて美しい月の夜。


ほんとうに綺麗な、月が浮かんでいる。
二人で見ようと約束した、十六夜の月が輝いている。
「約束を破ってしまったな」
 ―――四季の風邪で伸びたお月見の代わり、忘れていたわけではなかったけれど。
 私はゆっくりと歩きだした。
 風にはためくコートをしっかりと抑えて、しばし止まっていた足を前に進める。
 空を見上げながら、光を放つ満月に見惚れながら、秋空の森を歩いていった。










「そんなところにいると体をひやしますよ」
 離れの縁側に座っていると、声を掛けられた。
「ああ、君か……」
 見上げるとそこには彼女が居た。
 病的なまでに白い肌に、しゅっと筆を引いたようなほっそりとしたまゆ。
 長く伸ばした髪は朱色のひもで三つ編みに束ねている。
 薄く紅を引いた唇は、艶やかで酷く艶めかしい。
 しかしこのような言葉の数々で、彼女の美しさを表すのには全く足りるはずもない。
 私には詩人の才能など望むべくもなく、彼女の美しさを十全に表せないのが酷く口惜しかった。
―――いやそれは違う。例え他の誰も彼女の美しさを知らなくても、私が、少なくとも他ならぬ私だけが知っていれば良いことだから。
「お隣、構いませんか?」
 気安げに彼女は問い掛けてくる。
 その表情は月の逆光のせいで伺うことは出来ない。
 彼女は珍しいことに、普段着ない和服を着ていた。
 紅葉の紋が入った朱色の着物、それだけでは流石に寒かったのか上にカーディガンを羽織っていた。
そのカーディガンが蝶の羽のように風にひらひらと揺れて、ふとありもしない幻想を思い起こさせる。
 彼女はまるで死にかけた躰で羽ばたく美しい蝶のようだ・・・と。
 そして、その宛てのない妄想はあまりはずれて居るとも言えないのだ。
 もともとの病弱さに加えて、まだ三ヶ月とはいえ身重の体。
 そして彼女に新しく宿った命は、予想以上の負担を強いていた。
日毎に少しずつではあるが、抜け落ちていく彼女の命。
 最近は屋敷から外へ出るのも稀なことだった。
 言うまでもなく、こうやって気楽に出歩いていていいはずはない。
けれど―――
「ああ、構わない」
 数瞬の後、私はそう応えていた。
 心が酷く穏やかなのは、秋の月があまりにも優しく綺麗だからなのか。
 それとも彼女が隣にいてくれているからなのか。
―――考えるまでもない。
 彼女はにっこりと笑うと、ゆっくりと私の隣に腰を下ろした。
「悪かった、約束を破ってしまって・・・」
「もう・・・しかたないですねこの人は」
そんな事を言っているのに、かのじょの口調は酷く優しい。
 口元には微笑さえ浮かんでいる。
 彼女は、口ではそう言っても私を攻めるつもりなど無いのだろう。
 最初の約束の通りふたりして、月を眺めることにした。
「綺麗ですね・・・」
「ああ、ほんとうに」
 柔らかに、白い月の光が降り注ぐ。
 世界には、私と彼女の二人しかいない。
―――懐かしい。たしか以前にも、こうして二人で月を見たことがあった。
「懐かしいですね」
「ああ」
 彼女も同じ事を考えていたのだろう、先にそう口に出したのは彼女だった。
「あの頃は、私はまだなんお力も無いただの若造だった」
「私はただの聞き分けの良いお嬢様でした」 
 それは私達がまだ一度も顔を見たことがない、ただの親同士が決めた許嫁だった頃のことだ。
 本当にちょっとした偶然、ただそれだけのことで若かった私達は二人して屋敷の屋根で月を眺めた。
―――今から考えれば、あれは小さな奇跡かも知れなかった。 
「四季は寝たのか?」
「はい、幸せそうな顔で眠っていますよ」 
 彼女の微笑みがより一層深まった。
 私も知らずに微笑んでいた。
 二人して、穏やかに笑う。
 彼女に似て愛らしい息子のことを思う。
 このくらいの親馬鹿、きっと許されるだろうと思った。
「そういえば……」
 そのとき、私の言葉を遮って強い秋風が吹いた。
 強い風に服を抑えて―――ふと何かを思いついたのだろう。
 彼女の笑顔がいたずらを思いついた子供のように変化する。
 いつもは邪魔にならぬようにと三つ編みにされた艶やかな黒い髪。
 しかし彼女はその手を後ろに回すと、髪を束ねる朱い結び紐を見とれるほど優雅さで抜いてしまった。
 秋風はくるくると、彼女の髪を解いていく。
 少し癖のついてしまった長い黒髪が、風に揺れて私の視界に広がる
 髪の黒と、肌の白と、紐の朱色。
 まるで彼女はこの世界に舞い降りた月の精のよう。
 優しい月の光を浴びながら、儚げに彼女は輝いている。
 髪を靡かせながら、私に向かってそっと微笑みかけてくる。
 満月の光降り注ぐこの秋の庭で彼女はただただ美しかった。
 けれど元々ふくよかとは言い難かった頬は私の記憶に残る物より少し痩け、肌の病的な白さはどうしても彼女に付きまとう死神の影を私に想像させる。
 私は自分の頭をよぎる恐ろしい想像に、ただ震えた。
―――だからその不安を紛らわせるために、先ほどの続きを口にした。
「これを・・・」
 ぶっきらぼうに渡したのは、今までずっと渡すことの出来なかったプレゼントだ。
さして高価な物ではない―――ただ高価というだけでは、人を喜ばせる事など出来ない。
 けれどそれは懐かしい私の思い出の品だった。
「・・・これ!?」
 小さな蒼い箱をゆっくりと開いた彼女は、そのまま固まってしまった。
「気に入ってくれたかい?」
無理もない。
 中に入っていたのは、丸い琥珀と翡翠のを円環状にあしらい、そして中央に小さな小さな赤いルビーが填め込まれたロケットだった。
 安いと言えば、屋敷の調度品とは比べ物にならないくらい安価だった。
「でも・・・」
「いいんだ・・・」
 彼女が何を言いたいかは分かる。
 これは元々私の母の形見の品なのだ。
―――坊や、好きな人が出来たら分かりますよ
 そう言って子供の頃母から貰った物なのだ。
 あの月の夜に、彼女に見せて上げた私の宝物だった。
 「ほら?みてくれ・・・」
 しかしただ渡しただけではない。
 前回磨きに出すときに、腕の良い金物細工師を紹介して貰って、そうして手を加えて貰った。
 昔からあった琥珀の飾りを囲むように、翡翠の小さな珠を散りばめて、そうして真ん中に填っていたダイヤと真珠の飾りを外してルビーを填め込んである。
 中を開けば、銀の下地に私達家族三人の写真が挟まっている。
 私と彼女とそしてシキ。
 大切な、大切な・・・私の家族。
「・・・・・・・ありがとうございます」
 彼女は感極まったというようにぎゅっとそれを胸に出して、そしてしばらくそうしていた。
だから私はしばらくしてからこう言った。
「付けてみてくれないか?」 
「はい・・・」
 しばらく躊躇ってから、彼女はロケットのチェーンを外す。
 年代物の鎖がちりんと高い音を立てた。
 そのままゆっくりと首に回して、うなじで留め金を掛ける。
―――綺麗だった。
 白い素肌に、三種の宝石が映えて輝いている。
至高の美である宝石の輝きも、此処では互いに引き立てあい彼女の美しさを強調するためのアクセントでしかない。
「どう・・・ですか?」
 頬を染め、躊躇いがちに聞いてくる彼女。
「綺麗だよ・・・」
そうやって、心の底から言葉を返す。
 こう言うところはまるで初々しい出来立てのカップルのようだと、少しだけおかしくなった。
 ゆっくりと時間が過ぎていく。
 月を見て、彼女に見惚れて、夕食をすっぽかし、そうして彼女と睦言を紡いでいる。
 この瞬間瞬間が、かけがえがないほどに輝いていて。
比べようもないほど幸福で、すごく大切で―――
―――だからだろう。
まるで夢のように幸せなこの時間が過ぎ去ってしまうのがこんなにも恐いのは。
 ほんとうに幸せな夢なら、醒めてしまえば何も残らないだろうから。
「なぁ……?」
「はい?」
 少しだけ間をおいて、私は続けた。
「君は、今の生活をどう思う?」
 彼女はほんの少しの間だけ考えて、透明な表情で言った。
「私、今がとても幸せだと思います」
「何故……?」
 微笑みながら彼女は言う。
 その微笑みが余りにも眩しくて、私はさらに問い返す。
「あなたと共にいられます、大切な大切な家族t同じ時を過ごせます」
 だから幸せと、彼女は言う。
 しかし私にはどうしても、シキはともかく、自分にそれほどまでの価値があるように思えない。
 こんな薄汚い人間に、彼女に愛して貰える資格があるとは思えない
「買い被りさ・・・・・・私は君が思ってくれているほど、綺麗でも、純粋でもない人間だよ」
自嘲気味に吐き出した言葉―――それを彼女は強い口調で否定する。
「そんなことはありません!!少なくとも私にとっては貴女はかけがえのないそんざいです。私の人生に貴方が居てくれた事は―――私の側に貴方が居てくれることは、私にとってこの上ない幸せだと、私は思います」
 そうして本当に儚げな微笑みで彼女は私に笑い掛ける。
 その表情には病気の苦しみなど微塵の影すら覗かせず、ただ静かに、私に笑い掛けてくれる。
 苦しくないわけはないはずだ、辛くないわけも無いはずだ。だのに彼女はただ私を安心させるためにほんとうに優しく笑い掛けてくれているのだ。
―――その笑顔に私は癒された
「私もだ」
 だから私も自分の心からの想いを返した。
 それしか彼女の想いに答える術を、私は持っていないから。
「えっ?」
 きょとんとした、そんな擬音が似合いそうな彼女の顔。
「君が居て、笑ってくれているだけで幸せだった。君と過ごしたいままでと、そしてこれから来る未来とは、本当にかけがえ無い大切で、出来るのなら私が死ぬまで側にいて欲しいと思っている―――だから」
だから―――
「私に死んで欲しくない、ですか?」
「・・・・っ!?」
 自らの死について語る彼女の顔はどこかおどけているようで、そしてとても寂しげだった。
 思わず口ごもった私に、彼女は着物の上から慈しむようにまださしたる膨らみのないおなかを撫でながら話を続ける。
「死ぬのは恐いです、病気は辛いです。でそれ以上にこの子が可愛いから、みんな一緒にいきていけるから、そんなの全然平気です」
「・・・・・・・・」
「ねぇ、あなた。子供を宿せることは女だけの特権なんです。自分の血と肉を分け与えて、新しい家族をこの腕に抱くことが出来る、それはとても幸せなことだと、思いませんか?」
「けれど―――」
 君が死んでしまう事なんて、耐えられない。
 私はとうの昔に、君にイカれてしまっているのだから。
「大丈夫です、あなたがいてくれれば私頑張れますから」
 死んじゃったりしませんから、と。
 彼女は童女のように笑いながら、私の手をそっと抱いてくる。
「だから、泣かないで・・・」
「―――え?」
 彼女の柔らかな細い手が、私の頬を撫でた。
 どうやら知らずに泣いてしまっていたらしい。
 彼女はそのままゆっくりと私の頬に引かれた涙の痕をゆっくりとなぞっていく。
 まるで幼子をあやすかのように、優しく、いたわるように。
 ただ静かに、私の涙を拭いていく。
「愛しています・・・」
 その言葉に遂に想いが堰ききれる。
 流れる涙はとめでなく、私の頬を濡らしていく。
 ぼやけた視界で彼女を見つめ、そしてしっかりを両手を回す。 
そしてただ強く、強く彼女を抱きしめた。
「私もだ・・・」
 この手から放れていってしまわぬように、私はしっかりと彼女をつなぎ止めている。
―――けして喪われてしまわぬように、しっかりと繋ぎ止めている
 二人して強く抱き合いながら、ただお互いのぬくもりを確かめる。
 重なり合った唇に、お互いの吐息が混じり合う。
 彼女と過ごすこの時が、私には本当に幸せだった。







「そういえば、名前は決めていただけましたか?」
「ああ、君のおかげさ」
 それはこの日の秋空に、思いを込めた私の願い。
 彼女の名前の半分と、生きて欲しいと願う私の想い。
「秋葉と名付けようと思う」
「秋葉ですか?素敵ですね。じゃあ私頑張って、元気に産んであげないと」
「ああ・・・そうだな」
 彼女が凍えてしまわないように、着ていた革のコートを脱いで彼女の着物の上から羽織らせる。
 心の中でこのコートの本当の持ち主と、初老の執事に感謝した。
―――何もできない私に、少しでも彼女を守る手だてをくれたから。
 そうして彼女の手を握った。
 寒空に冷え切ったその手に、私は何故か温かさを感じた。
 暖かな気持ちで微笑みながら、私は彼女の手を引いていく。
「帰ろうか」
「はい」
 そうして私達は秋空の帰り道を歩いていく。
 二人して手を握って、お互いを暖め合いながら。
 月が道を照らし出してくれていて、私達の先は明るい。
 二人してただ微笑みながら、ゆっくりと帰り道をたどっていく。
 館の明かりが見えたとき、心の中でそっと付け加えた。
―――きっと君に似てとても可愛い女の子だよ
 生まれてくる命を祝いながら、ゆっくりとそう付け加えた。















救いようのないあとがき



どうもこんばんわ、この拙作を最後までお読み下さいまして有り難う御座いました。
作者のJinroです。
横溝様にはあんな美麗CGを頂いておいて、こんな拙作でお礼になるのかと戦々恐々ですが、お楽しみ頂けたなら幸いです。

さて一部の方は気付いているかも知れませんが、だいたい物語の舞台は初秋〜中春くらいの時期です。
秋葉の誕生日は9/22です。


・・・・・・・・・ 

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・(汗
 


チャットで指摘されて固まりました

それでこんな案がG氏より出されました。

「四季と秋葉の間にもう一人居て、死産だったその子がこの物語の子、
その死産の衝撃が秋葉ママの死期を早めたとかどうでしょう?」

だいぶ意訳してますがこんな感じ。


―――むしろ出来ればそういう細かいこと気にせず読んでくれたら嬉しいですが・・・


それでは、最後までお付き合いいただき有り難う御座いました。
縁があればまたどこかで会いましょう。

                             2003,10,25 Jinro


作者のHP

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